擬人化+萌え=オタク発狂

かなり歪んでしまった擬人化

擬人化という技法が芸術分野においては当たり前に利用されていたが、日本という国と文化を考えれば特別異色といったものではないだろう。日本が構築した文化の中で、万物に存在するものには全て命が存在すると考えられている、生物はもちろん、無機物であってもそれらは時間の経過とともに魂が必然と宿ると考えられていた。八百万の神と呼ばれる、日本に存在している神々の事を指しているがこの中には命が宿ることなど到底無いものまで、いつかは神がかり的な力を宿すと信じられていた。そもそも人は死んだら神様になるとも考えられていたので、疑問に思うこともなく受け入れていた。

そういう意味では擬人化は日本にとって全く異論や理解不能といった言葉を呈すまでもなく自然と受け入れられたのではないだろうかと考えている。絶対ではないにしても、他の国からすれば現実的に無機物に命が宿るなんて無いだろうと思う所を、日本人は特別疑問に思うこと無くまさしくその通りであると文化そのものが擬人化を肯定していた。

ここまではいい、ここまでなら歴史という意味でも文化という意味でも、日本が芸術という世界に対して思い入れがあるのだというのを理解出来るのだが、いつからか擬人化と呼ばれる技法は日本のオタク文化にとって萌え要素を生み出す原動力といった見方がなされるようになった。オタク文化ならではの改革ぶりと言ってしまえば聞こえはいいが、実際にはあまり褒められたものではなかっただろうとも考えていたのではないかと思う。

マンガや小説に登場する人間ではないキャラクターを擬人化させて楽しむというのは日本では1980年代から本格的に利用していたと言われている。その頃から既に無機物が人間として振る舞うようなキャラクターを生成するようになっていったようだ。

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ヒットの要因は

ただ現在のように擬人化をした作品は主に同人業界で利用されていた手段だった。それが本格的に商業用作品として展開されるようになっていったのは2001年頃、もしくは2004年頃など諸説存在している。今でこそ同人活動も世間にどのように見られているかはともかくとしても一般に認知されるようになっているが、90年代は日本のオタク文化が容認されていない、あくまでコアな世界で営まれているものだったため、一般ウケするような要素が何処にもなかった。むしろこうした業界に携わっているというだけで嫌悪の対象にされたという過去を持っている人もいるだろう。今でこそ世界にも通じるとと言われるような業界でも、グレーゾーンであることに代わりはない。

擬人化についても当時はかなり冷たい視線で見られていただろう、既存のものをこのようなものに置き換えて表現するなんて、などと反感を抱かれてもしょうがない時代だったが、いつからかそうした意識が薄れるようになっていった。何故か、それこそ要因と言われているキャラクターが公式認定で制作されたことで擬人化が今後の業界を左右する商材となると考えられるようになった。

マスコットキャラクターとして

擬人化ブームを巻き起こした萌えキャラとして語られているのが備長炭を萌えキャラ化した『びんちょうタン』というものだ。制作したのはゲーム会社『アルケミスト』が企画した所から始まる。その頃には擬人化もある程度業界を通して知られるようにはなっていたが、そんな矢先に社内の雑談をしている時に、備長炭を擬人化したらどうなるかといった話からまさかの展開を見せることになる。そもそもまともに企画として通しておらず、落書き程度から始まったびんちょうタンをサイトに表示させたことで事態は一変する。

その後雑誌にて4コマ漫画連載をし、口コミから注目がドンドン集められたかと思った時には既に一コーナーとして雑誌の定番企画にまで跳ね上がると、その後月刊誌にて正式に連載が始まるまでになる。さらにテレビアニメ化もされたことでびんちょうタンが瞬く間に業界の擬人化に対するイメージを固定化することになった。『萌え擬人化』の誕生という、まさにどうしてこうなったという台詞がとても似合う瞬間だった。

流行りの擬人化

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まだその当時も業界は世間から冷たい視線を向けられていた時代だったため巷の噂程度くらいになっていたが、びんちょうタンは後にオタク業界を代表する萌え擬人化キャラとして確立されることになる。後に続く萌え擬人化もこの頃からその隆盛を極めていくことになるのだった。

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